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神代植物公園 バラフェスタ

2018/05/24 21:58
5/20(日)に調布深大寺の神代植物公園にバラを見に行きました。
バラフェスタが行われていて公園内は多くの人でいっぱいでした。
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バラはちょっと見頃が過ぎている感じがしました。
先週の日曜日くらいがちょうど見頃だったのかもしれません。
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園内ではバラソフトクリームが販売されていて人が並んでいました。
ちょっと興味があったので食べてみました。
バラの香りはするけれど甘さは控えめでした。

バラ以外ではまだ早いアジサイを見ました。
ちょっとかわいいアジサイが見られました。
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池では睡蓮がきれいに咲いていました。
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出口近くでバラの盆栽が展示してありました。
バラの盆栽は初めて見ました。
展示室では花瓶にさされた小さなきれいなバラなども展示してありました。
バラはきれいです。

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至上の印象派展 国立新美術館

2018/04/24 18:32
4月22日(日)に国立新美術館で開催されている「至上の印象派展」に行ってきました。

午前10時40分頃に美術館に着きました。
入場するのに10分ほど並びました。

この美術館で以前開催されたセザンヌ展の時も感じたのですが、人は混んでいるけれども展示してある絵は見やすいと思いました。

どうしてそう感じるのか、今回分かりました。
どうも絵の展示の仕方のようです。

通常の美術館では絵が4点ほど飾られるような空間に絵が2点ほど飾られているだけのようです。
ですから次の絵までの間隔が空いているので、人が数珠繋ぎに列をなしているというのではなく、絵の周りに人が集まっているという感じです。

最前列の列に並んで一緒に繋がっていかなくても後ろの方から見ても十分空間が空いていてよく絵が見られます。

今回お目当ての(美術館に来ている人はみんなそうだと思いますが)ルノワールの「イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢(可愛いイレーヌ)」の絵の前は多くの人がいます。
でも人だかりはしていますが、しっかり見られました。

その代わりグッズ売り場は満員電車状態で、すごかったです。
レジに並んでいる人の列がグッズ売り場から外に出て廊下に3列くらいの列を作っています。
こんなことは初めてです。

僕の前の方でグッズ売り場に並んでいる列に美術館に入場する人たちの列と間違えて一緒に並んでしまっていた2人組がいました。
やはり混んでいたということが実感として感じられました。

購入した図録を後で読んでみると、今回の図録は分かりやすくまとまっていました。

しっかり図録を読んでから絵を見た方がよかったなと感じるくらいでした。

昔は絵を見るのに色々な先入観を入れない方が良い。
直感で見ていい絵と思う絵が本当の絵だ、なんて思っていました。

今はある程度の知識を持って見た方がよりその絵の良さが分かると思っています。

今回のこの至上の印象派展はフロアが第一章から10章までに分かれていました。
図録を読むとその章ごとの内容がよく分かりました。

各フロアの入り口に書かれていたことですけれど、中ではなかなか読む気がしませんでした。

やはりポスターにもなっているルノワールの「イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢(可愛いイレーヌ)」は圧巻です。
本当に可愛いと言っていいのか、綺麗と言っていいのか、とにかく見とれてしまいます。

「イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢(可愛いイレーヌ)」
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この絵の説明には次のように書かれています。
この作品はルノワールによる子供の肖像画を代表する傑作のひとつとして知られている。

透き通るような白い肌を保ち、青いドレスを身にまとったイレーヌが、深い緑色の茂みの前に佇む様子が、流れるような筆遣いによって描かれている。

描かれた当時8歳であったイレーヌのあどけなさの残る愛らしい横顔は、まるでケープのように彼女の肩や背中を覆っている栗色の豊かな髪の流れと、背景の群葉によって、より一層ひき立てられている。

顔の周りの背景は黒く塗りつぶされ横顔を浮き上がらせるような描きかたになっています。
そのことにより少女の横顔の美しさが際立ってきます。

絵の前でしばらく見とれてしまいました。
みんなそうなのではないかと思われます。

最後のフロアのモネの「睡蓮の池・緑の反映」は縦2m横4.25mの大作です。
壁一面にこの絵で飾られています。

「睡蓮の池・緑の反映」
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このフロアでは写真撮影が許可されています。
そこで、みんなスマホやカメラでバシバシ撮っています。
写真を撮るのに夢中で、絵を見るのは疎かになっているような気もしないではありません。

他の絵ではモネの「ヴェトゥイユ近郊のヒナゲシ畑」「ジヴェルニーのモネの庭」が印象的でした。

「ヴェトゥイユ近郊のヒナゲシ畑」
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「ジヴェルニーのモネの庭」
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第2章(ヨーロッパの都市)の説明の中でカナレットの風景画「サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂」とシニャックの「サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂」を比べて見るとヨーロッパの絵画がどのように印象派として進んで行ったかが分かると説明されていました。

同じサンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂を描いているのですが、全く違うものです。

「サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂」

カナレット作
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シニャック作
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そして印象派の分かりやすい説明がされていた。

建物はもはや正確に再現されることはない。
それは朝の特別な光の効果を表現するための単なる背景にすぎないのである。

そうなのだ。
光を表現したいのだ。





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拒否反応

2018/04/21 00:39
前回、子供が学校に行こうとすると体調が悪くなる話を書きました。

その方面についていろいろ勉強しているわけではないので、そのような場合はこのようにすればよいといった対処の仕方を言える立場ではありません。

ただ、学校に行こうとすると体調が悪くなってしまうというのは本当なのだということを理解してあげる必要があると言いたかったわけです。

体が拒否反応をしているわけです。
赤信号を送っていることに気づかなければなりません。

私は学校に行きたくなくなって登校拒否をした経験があるというわけではありません。
ただ、学校ではなく仕事上で同じような経験をしています。

私は会社に行こうとすると頭痛と吐き気がするようになりました。
そんな経験から学校に行こうとすると体調が悪くなるというのは理解できるのです。

私の場合は会社に行きたくないと思ったわけではなりません。
でも、体がどうも会社に行くことを拒否してしまったようです。

朝になって起きようとすると頭が痛くて吐き気がします。
立っていられない状態で横になっているしかありません。
横になっていても頭痛はなくなりません。

とりあえず会社に今日は休むということを伝えて、その後今日一日の仕事内容の指示を下の人にしてから布団に戻って寝るという日が続きました。
そんな状態の布団の中で自分の人生を考えました。

こんな生活の繰り返しで良いのだろうか。
私は会社を辞める決心をしました。

頭が痛くなって会社に行けなくなる前の2ヶ月間くらいは朝の8時から次の日の午前2・3時くらいまで仕事をしていました。
土日も休みはなくただ終了時刻が午後7時くらいという生活でした。

夕ご飯は仕事が終わって家に帰ってからですので早い朝ご飯のようでした。

ある時のことです。
食事の時に茶碗のご飯を食べようとして箸をご飯のところへ持っていきました。
すると箸がご飯のところにいかずに空振りでした。

自分の意志と体が一致していない。
この時さすがにヤバいなと感じました。

それから数日後に会社に行こうと朝起きると頭痛と吐き気がするようになりました。
当然、病院に行きました。

病院ではどこが悪いのか原因がつかめないので、とりあえず頭痛薬と吐き気止めを処方されました。

脳が関係しているかもしれないと言われ、脳研に行って脳の検査も行いました。
脳にも異常は見られませんでした。

そして、会社を辞めました。
その後、しばらく体調はいいとは言えませんでしたが、頭痛はなくなりました。

このような経験をしているので、拒否反応により体調が悪くなるのは起こりえることだということ。
まわりから見ると仮病のように見えるかもしれないけれど、本人は本当に体調が悪くて苦しんでいること。

そんなことが理解できるのです。

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新学年 登校拒否

2018/04/18 22:53
学生が新学年になって学校へ登校して2週間位が過ぎようとしています。
勉強も少しずつ始まってきています。

今までは気が張っていたところが少し和らいで、そろそろ疲れを感じてくる頃になります。

疲れとともに学校に対する嫌悪を感じ始める子供もいます。
学校に行きたくないと思い始めてしまうわけです。

学校の門を入ろうとするとお腹が痛くなってしまいます。
ひどくなると学校へ行く支度をするだけで、お腹が痛くなってしまいます。

そして、学校へ行かないことにするとお腹の痛みが消えてしまいます。

はたから見ている者は
本当はお腹なんか痛くないのだろう。
仮病だろう。
と思ってしまいがちです。

でも、彼らは本当にお腹が痛くなっています。
まずはそのことを理解してあげなければなりません。

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美術館もどき

2018/04/12 09:50
家の中に絵を少し多く飾れるようにした。
そして、眠っていた絵(版画)を箱から出して飾った。

ちょっとした美術館もどきになった。

仕事が終わった後、コーヒーでも飲みながら絵を眺めるのが楽しみのひとつになった。

これを至福の時
と気取って言うとなるのかもしれない。

絵を眺めていると体の内なるところから何か知らないけれど、何かが湧き上がってくるのを感じる。
生きていることに感謝したくなる。
ちょっとオーバー。
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春の富士山

2018/04/11 11:09
今日は雨が降っていて富士山は見えないけれども、昨日は久しぶりに富士山が見えた。
昨日まで天気が悪かったわけではないけれど、一週間以上富士山が見られなかった。

H30/2/20
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春は空にモヤがかかったようではっきりしない。
だから富士山もはっきりしない。

春のこの時期は富士山の上部に雪が積もっている所と雪が融けた所と混ざっていて青と白の混ざり具合がいい。

H39/3/2
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これからの時期はモヤに包まれて富士山の頭近くだけが出ている姿が見られる時がある。
まるで空中にぽっかり富士山が浮かんでいるようでこの時はちょっと幻想的だ。
天空の富士。
なんて題が浮かんでくる。

H30/3/29
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東山魁夷展2018年2月

2018/04/10 10:09
2月4日に東京富士美術館にて開催されていた東山魁夷展に行きました。
1月2日から3月4日まで開催されていました。

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昨年の10月ぐらいに急に東山魁夷の絵画をみたいという気持ちが湧き上がりました。
調べてみると東京国立美術館で作品が展示されていることが分かりました。

行きたいと思ったのですが都合が悪くなりこの展覧会には行けませんでした。
その時に、この東京富士美術館にて1月から3月末まで東山魁夷展があることを知りました。
絶対に行きたいと思っていました。

日本の画家の中では東山魁夷は大好きな作家の一人です。
そのきっかけは大学時代に行った東山魁夷展での衝撃にあります。
入場するのにも、とても混んでいました。

その美術展で最後に見た大きな絵画に特に感動しました。
何という名前の作品かは覚えていませんが、大きな森林の絵で霧がかかっていました。
その霧が動いて見えるのです。

まるで実際に自分がその実物の森林を見ているような感覚になりました。
絵が生きている。
そんな感覚に体が震えました。

それから東山魁夷が大好きになりました。

そんな生きているような絵ですから、本物を見ないとなかなかそんな感動は得ることができません。

そこで東山魁夷展などがあるとできるだけ見に行きたいなと思っています。

今回の東京富士美術館の東山魁夷展は長野県信濃美術館東山魁夷館が改装のために一時休館することになり所蔵の作品をこちらの東京富士美術館で展示したそうです。

東山魁夷の絵では色が好きです。
何色と言っていいのかわからないのですが、あの 深い青緑の色が好きです。
心が落ち着きます。

展覧会のポスターにもなっている「緑響く」について東山魁夷が述べています。

「一頭の白い馬が緑の樹々に覆われた山裾の池畔に現れ、画面を右から左へと歩いて消え去った。―そんな空想が私の心の中に浮かんだ。私はその時、なんとなくモーツァルトのピアノ協奏曲第二楽章の旋律が響いているのを感じた。」

「緑響く」
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古今東西、画家と音楽はシンクロしているようです。
絵を見て音楽が、音楽を聞いて絵が浮かぶようです。

今回の美術展では「静唱」が心に残りました。
作品名のように絵を見ていると 、早朝の霧深い木立の中に心が洗われるような音楽が響いてくるようです。

「静唱」
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どの作品もそうですが、図録などを購入してみてみると残念ながら微細な色の変化が表現されていません。
ですから残念ながら感動も図録からは得ることができません。

だから美術展に行って本物の絵を見るしかないのです。


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新中学1年生に

2018/04/04 09:21
新中学1年生は今まで小学校で最上級生だったのが、新学年では学校の最下級生になってしまいます。

その点を上手く気持ちの切り替えができるかどうかも新しい学校生活に順応できるかに関係してきます。
周囲の者はその辺のことも気にかけておく必要があります。

勉強面では中学1年生に関しては、小学生の時には勉強ができる人できない人が漠然としていたところを定期テストが実施されることにより、はっきりします。

その時に注意しなければならないのが、小学生の時に自分は中位くらいだろうと思っていた人が中学生になったからと気持ちを入れ替えてがんばってテスト勉強をした結果、上位になった場合です。

上位になったから、次もがんばって上位を目指して勉強しようと思うならばとても良いことです。

ですけれども、自分は上位なのだと安心してしまい、次回には前回のような意気込みではテスト勉強をしなくなってしまう人がいます。

この場合、次回のテストにおいて中位くらいになっても、それが自分の実力なのだと納得してその次もがんばってテスト勉強をしなくなってしまう傾向があります。

最初は中学生になったからと気分一新がんばって勉強したのですけれども、そのがんばりを持続するのは大変なことだと思ってしまうわけです。

上位に行く力はあるのだけれども、そのための勉強は嫌だということになります。

それが実力だと言えば、そういうことになりますが、ちょっともったいない気持ちになります。

ですから、中学1年生においては、第1回目のテストも大切ですが、2回目のテストに注目しておくべきです。

そして、2回目のテストは1回目のテスト以上にテスト勉強をして、1回目よりも良いテスト結果にすることを目標とするべきです。

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新高校1年生に

2018/04/03 16:38
新高校1年生に関しては、入試に合格して高校に入学してきた生徒の集まりですので、大半が自分と同レベルの学力を持った生徒と考えてよいことになります。

つまり、小学生からスライドして中学生になった新中学1年生と違って、新高校1年生は学力においてはスタートラインがほぼ同じと考えられます。

このことは、高校生になってからの勉強によって上位になったり、下位になったりするということを意味します。

つまり、高校生になってからの勉強が重要になります。

そのことは十分分かっているのですが、現状では意気込みはあるのですが、実行がともなわないのが実状です。

高校生になると中学生の時よりも自主性が重んじられますので、自分のやる気次第で勉強するかしないかが決まってきます。

その結果、自分からはなかなか勉強できないのが現状となります。

その中で、勉強することができれば中学の時よりも成績は上がりやすくなります。

過去に高校生になっても当塾に通っていたA高校にギリギリで入学できたとされる生徒に夏休みに成績を聞いたことがあります。

その時の答えは、入学した時は確かに下位の方だったけれども、今は中位だという返事を聞いてびっくりした経験があります。

この生徒は自分が下位の方で入学しているという認識を持っていたので、高校の勉強をしっかりやった結果がそのまま成績に表れたのだと思います。

その逆にB高校も入れるレベルの生徒が受験勉強をしたくないからと言って、一つランクを落としてC高校に入学した生徒がいます。

この生徒は高校に入った時は上位でしたが、夏休みを過ぎた頃には中の下位になってしまっていました。

勉強したくないからと言ってランクを下げて高校に入っても、高校に入ってからも勉強しないと、実力はあっても成績は残念ながら下がっていってしまいます。

つまり、高校の成績は高校に入ってからの勉強量に比例することを自覚しておくべきです。


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小石川後楽園の桜

2018/03/26 21:41
3/25(日)に小石川後楽園に桜を見に行きました。
午後1時ちょっと前に入園して、午後2時45分頃に退園しました。

入園の時にはそれほど並ばなかったけれども、退園する頃に入園するために並んでいる人達を見てびっくり。
門の外の歩道を折れ曲がって長蛇の列。

園に入ってすぐの桜はちょうど見頃で、多くの人が写真を撮っていました。
奇麗さが豪華なので、みんな写真を撮らずにはいられなくなります。
網膜に焼き付けるより、やっぱりカメラということになってしまいます。

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園内をぐるりとまわると結構歩くことになります。
運動不足解消になります。効果がありそうです。

園内を巡る途中にある円月橋には感嘆。
橋と橋が水面に映る形を合わせて見ると、ちょうど満月のように見えることから円月橋と名付けられたそうです。

円月橋
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粋です。
人類みんな粋が好きなようで、外国の人が熱心に円月橋の写真を撮っていました。

このように水面に映る姿まで含めて美しさとしているのは絵画などではよく見られます。

浮世絵では逆さ富士が有名です。
代表的なものでは葛飾北斎の富嶽三十六景「甲州三坂水面」。

富嶽三十六景「甲州三坂水面」
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これは実際の富士は夏の富士で水面に映っているのは冬の富士になっている。
水面に映っている富士の位置も真下ではなく、極端に斜め下になっている。

どうしてそうなっているのかは分からない。
けれども、そのためなのかとても美しい。

自然と建築物の融和では、奈良の猿沢池に映る興福寺が美しいらしい。
でも、きっと注意して見れば身近にきっとそんな美しさはあるのだろう。

必要なのはそんな美しさを見出す心かな…。

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中3生お別れ会H30

2018/03/12 23:23
本日3/12(月)中学3年生のお別れ会を行いました。

今回は欠席者もなく、全員参加となり、大いに盛り上がりました。
前半はビンゴゲーム、後半はトランプゲームの大富豪を行いました。

ここ数年、トランプゲームの大富豪で盛り上がる傾向が見られます。
今年も盛り上がってみんな楽しそうで、こちらも嬉しく思いました。

振り返ってみると、毎年このお別れ会はやっているのですが、生徒のノリが違います。
ある年などはトランプゲームをするよりもゲームをやっている方がいい、という生徒がいたりして、少し寂しい思いをした覚えがあります。

でも、ここ数年はトランプゲームに 結構みんな熱中します。
生徒が少し変わってきているのかもしれません。

そんなことを感じました。



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カズオ・イシグロ「遠い山なみの光」

2017/11/28 15:57
最近、結末のある小説ばかりを読んでいた。

それに気づかせたのが、カズオ・イシグロだった。
「遠い山なみの光」を読んだ後、放り出されて 彷徨う自分がいた。

この感じは昔感じたものだ。

この突き放された感じをもっと味わいたくて、本棚から村上春樹の本を取り出してきた。

そして、「風の歌を聴け」を読んで、今「1973年のピンボール」が終わろうとしている。
次は「羊をめぐる冒険」だ 。



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深海2017

2017/10/10 18:46
深海2017(東京上野の国立科学博物館特別展)に最終日10/1(日)に行ってきました。

自分は深海魚にそれほど興味があるわけではなかったのですが、その盛況ぶりには驚きました。

非常に混んでいるということは事前に知っていましたので、当日は開館前に早めに行って並んでいました。
そのため通常通り入館できました。

出る頃は整理券が配られていて2時間以上の待ちになっていたようです。


館内では、当然、水族館のように深海魚が泳いでいるということはありません。
深海魚の映像を鑑賞することになります。

そこが物足りなさを感じてしまうのは深海魚にあまり興味がないからでしょう。

宇宙と同様に深海も未知の世界であることを知りました。

宇宙と同じように深海にもロマンがあり、人々が追い求めてしまう何かがあるわけです。


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映画「関ケ原」

2017/09/12 16:36
映画「関ケ原」を観ました。
映画が終わった後、席を立つと前の方で「何が何だか分からなかった。」
と連れの人に言っているのが聞こえた。

これがこの映画の感想のすべてなのかもしれない。

司馬遼太郎の原作を読んでいる人、読んでいない人、
ともに不満が残る映画だったのではないのか。

現在、NHKテレビで放送している土曜時代ドラマ「悦ちゃん」においての
パパママソングがチチハハソングに替えられたのと同じ気持ち。
ドラマを観ていない人には分からないことだけれど。

原作を読んでいる側の自分は、こうまで原作と違うなら、それなりに面白くして、と願った。

話の進行は原作と同じようにするので、話の断片断片をつなぎ合わせた感じになってしまって、何が何だか分からない。

関ケ原の戦いについて歴史認識をあらかじめ持っている人なら良いのかもしれない。
でも、そんな人ばかりではない。

旗印でどこの軍なのかなんて分からない。
今、西軍、東軍のどちらが勝っている状態なのか画面やセリフでなんて分からない。

それが普通じゃないのかな。
でも、そんな人には画面を観ていて何が何だか分からない。
となってしまうのではないのか。

原作を読んだ人には、あの話をこんなふうにしてしまったんだ。
と思うかもしれない。

そもそも長い話を2時間半くらいにまとめるのだから、人、場面を絞って、描くのが良いのではないだろうか。
そこところを集中させて描くようにしないと感動が生まれにくい。

映画を観る時、登場人物に感情移入できると感動しやすい。
今回はあまりにどれも表面的になっていいるので感情移入できない。

原作を変えるとしても、そんな解釈の仕方があったのか、
と観る側が感心するような変え方をしないとならない。

歴史の授業で記録映画を観ているのとは違うので、映画はある程度史実に沿って、後は自由な解釈で面白く作ってくれればよいと思う。

面白くするためには、戦闘ものでは登場人物の死にざまの描き方が重要になる。

登場人物の死に臨む姿勢をはっきり表わさなければならない。
このシーンはやはり必要だと思っている。

本当はそんな死に方ではないと言われても、その人物の人となりを表す死に方が必要だ。
生から死への区切りをしっかり表すことにより、人物の生き方が分かる。
そんな死のシーンがこの映画は少ない。

映画に期待していたので、原作まで先に読んで臨んだのに。

映画「桜田門外ノ変」は面白かったので、観た後に原作もすぐに読んでみた。
どちらも面白かった。

そのくらいのレベルはいくと思っていたのに、今回はそのようにはいかなかったようだ。

残念。


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「関ケ原」「関ケ原」小説

2017/09/09 01:00
映画 「関ケ原」を観るために原作を読みました。
今回は原作を 読んでおいた方がより映画が楽しめるのではないかと思ったからです。

司馬遼太郎の歴史小説はいつも書かれていることが本当にあったのだろうと思ってしまう。

まるでタイムマシンでその時代に行って、空の上から出来事を見ていたのではないかと思ってしまう。
人間の心情も同様に心の中を覗ける顕微鏡の様なもので見たかのように書かれている。

びっくりだ。

小説「関ケ原」は文庫本で上中下1500ページ以上あり、これを2時間半くらいの映画にするわけだ。

脚本がよほどしっかりしていないと、取りとめのない映画になってしまう恐れがある。
原作は1500ページのうち最後の200ページが関ケ原の戦いになっている。
そこを中心に上手く映像化してもらいたいと願う。

個人的には原作を読むと大谷吉継の最後は感動的なので、上手く演出して映画でも盛り上げてもらいたい。

テレビの CM で愛がとか言っているので映画がちょっと変な恋愛ものになってしまっていないか心配している。

初芽の 描き方がどうなるのかがポイントとなる。
変な方向に行っていなければいいのだけれど。

とにかく期待して映画を観に行こうと思っている。

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鉛筆の持ち方

2017/08/15 21:03
鉛筆の持ち方が悪い場合は矯正した方が良いと言われます。

正しい持ち方の方が字を書くのに適しているからそう言われているはずです。
しかも、勉強の出来不出来にも関係しているのではないかと思われます。

最近は持ち方でも鉛筆に力が入っていない持ち方が気になります。
5本の指が関節で曲がっていないで、まっすぐの状態で鉛筆を持ちます。

手のひらが自分の顔の方に向いていてよく見える状態です。
そんな状態で鉛筆を軽く持ちます。

鉛筆をただそえるという感じです。
そんな持ち方で字を書こうとするのですから、力が入っていません。
筆圧がありません。

そんな状態で字を書くのですから、字もきれいには書けません。
字も薄く、よく言うところのミミズの這ったような字になります。

そんな字ですから、字を書いた本人も自分の書いた字が読めなかったりします。
そうすると学力にも影響してきます。

ですから、早めに時の持ち方は矯正しておくべきです。
昔から、こうした方がよい。
と言われているようなことの中に経験則から学んだ正しいこともあるものです。

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明日から朝の夏期講習開始

2017/07/25 22:54
明日から朝9時から夏期講習が開始です。

夜11時までの講習となります。
昼の12時から1時間の昼休み以外は全て講習時間となります。

この講習時間外で、教室の掃除、講習準備、私事(洗濯など)をしなければなりません。
結構つらいです。

でも、そんなことを言ってはいけない。

張り切って生徒一人一人の成績アップを目指してがんばろう。
そんな気持ちで明日からがんばろう。
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粗大ゴミ廃棄

2017/07/19 18:03
部屋の整理をし始めた。
いらない物を粗大ゴミの日に出そうと、まとめてみた。

パソコンデスク、カセットデッキ、除湿器、扇風機…。
使わない物がいつの間にかたまっている。

そんな作業中に「いらない物を買い取ります。」
という電話がかかってきた。
丁度よい。

いつもだったら、ガチャンと受話器を置くところを話をした。
すると粗大ゴミの日に出そうとしていたパネル、レーザーディスク、スピーカなどは買い取るという話になった。

そこで、それらと未使用の物数点は粗大ゴミとして出さないことにした。

数日後、業者の人が来て、残したものを査定した。
すると、レーザーディスクは1枚1円で60円くらい。
それ以外はすべて0円。

引き取りもしないという。
もちろんレーザーディスクはいらないけれど、売るのはやめた。

電化製品は進化しているから、5年位前の物では引き取り手もないわけだ。

スピーカーなんて今の時代はBluetoothだから、コードでつないでなんていうのは確かに面倒だ。

電化製品は古い物はもう捨てるしかない。

でも、本、漫画などは違うと思う。

古くても変わらない。
古くても捨てられない。

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お掃除ロボット「ルンバ」

2017/07/14 17:28
塾の教室の掃除は講習が終了した後、ほとんど毎日行っていた。
それが講習終了時刻が遅くなり、掃除ができない時が出てきた。

そんな時は次の朝にできるだけ掃除をするようにしていた。
それが、いつの間にか掃除をするのが2日に1回、3日に1回などという感じになってしまった。

そんな状態が続いて今年の冬に忙しくて1週間掃除ができない時があった。

さすがにこれはまずい、とお掃除ロボット「ルンバ」の購入を決めた。

ルンバに教室の掃除をさせるには、準備しなければならないことがある。

教室の掃除なので、掃除をする時はまず椅子を机の上にのせなければならい。
その机をルンバが通れるような配置に移動しなければならない。

これが少し面倒だ。

けれども、掃除にかかるこちらの時間は短縮された。
掃除のことで心を悩ませることは少なくなった。

これからの時代はロボット、AIがますます人間社会を住みやすくしていくだろうということを痛感した。

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映画「パイレーツ・オブ・カリビアン/最後の海賊」

2017/07/12 17:29
「パイレーツ・オブ・カリビアン/最後の海賊」を観ようか迷っています。

パイレーツ・オブ・カリビアンは第1弾から3弾まではとても面白かった。
だから、第4弾の時も当然という感じで、上映されるとすぐに観に行った。

でも、この第4弾が期待外れだった。
期待していただけに、落胆が大きかった。

格闘シーンもただ剣を合わせて踊りを踊っているようだった。
リアル感などまるで感じられなかった。
それもつまらなさを倍増した。

そんな思いをまたしたくないという気持ちが強い。
だから今のところ観に行くか、行かないかは、
50:50というところ。

でも、この前、この映画の番宣でジョニー・デップが語っていたことで印象深いことがある。

ジャックはなぜ陸上であんな変な動きをするのか。
ジョニー・デップはジャックの役作りをするうえで考えた。

ジャックは船の上でほとんど生活をしている。
だから、自然と船の上では船の揺れに合わせて体が安定するように反応している。

そのため、陸上ではかえって体が揺れているような動きになる。
そのようなことを考えて演じている。
とジョニー・デップは語っていた。

なるほど。

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らんちゅう(金魚)の死

2017/07/11 21:56
らんちゅう(金魚)が一匹死んだ。

水槽の中には五匹のらんちゅうがいた。
一匹死んで、もう一匹が体中に白い毛みたいのがついてしまう病気になった。
病気になった方は10%食塩水の中に入れたところ奇跡的に助かった。

これらの原因は分かっている。
水槽の掃除、水替えは1週間に1回行っている。
しかし、先週は出来なかった。

そのことも原因のひとつだけれども、それよりも大きな原因がある。
前から気になってたことが二つある。

ひとつは少し水が臭く感じていたこと。
もうひとつは水面に少し泡が見られたこと。
水槽の掃除、水替えをちゃんとやっているのに何故か、
という疑問があった。

今回、一匹のらんちゅうが死んだことでほとんど全部の水替えを行った。
その時、ポンプの管の中も掃除した。

すると、その管の中が水あかでだいぶ汚れていた。
これが原因だ。
これからはこの管も注意しなければ、
と思った。

前述した異臭や水の泡について、すごくひどければ、気づいたかもしれない。
それほど、ひどくなかったので見逃していた。

このことは、水槽を地球に置き換えてみると、
ちょっと考えさせられる。

今の地球は何か人間に信号を送っているような気がしてならない。

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映画「忍びの国」

2017/07/10 17:29
昨日(7/12)に映画「忍びの国」を観に行きました。

テレビのCMなどでコミカルな映画と思って観ました。
 
予想通り、始めはコミカルアクション映画という感じでした。
中盤、少し同じリズムが続いて、飽きました。

後半は盛り上がって、最後に「えっ」という感じ。
ちょっと目頭がウルウルきてしまうシーンがあり、
「そんな」という言葉が出てきてちょっと感動する。

そして、エンディングに嵐の歌が流れて終わり。
面白かったです。

主演の大野君、お姫様姿が似合っている石原さとみ、
存在感ありありの伊勢谷友介、信長の息子の知念君、
みんないい味出していた。

忍びは人間ではなかった。
誰もがそれが当たり前のことと思っていた。

そうだよ。
そうでなければ、人を簡単に殺すことなどできない。

ちょっとでも人の心を持ったなら、忍びの世界では生きていけない。

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マイナスの習慣@

2017/07/07 23:01
 
 勉強しているはずなのに、なかなか成績が上がらない。
 おかしいな、と思う前に勉強する環境を見直してみてください。

 小学生、中学生で学習を妨げている習慣のトップは文房具を使った行動です。

 文房具は勉強するためには必要な物なので、勉強するときには必ずあるものです。
 それが曲者です。

 いつの間にか勉強することよりも、シャープペンの分解作業に取りかかっています。
 しかも、分解して組み立ててを何回も繰り返します。

 線引きで消しゴムを小さく削り、並べます。
 ペンを多く組合わせて建造物を完成させます。
 なぜかシャープペンの替え芯のケースを多く持っていて、それを並べていきます。

 等々…こちらが考えつかないようなことに文房具を使ってきます。

 そんな状態では勉強することなど頭の中には入っていません。
 勉強ができるようにするということは勉強する環境を作ることと言えます。
 まずはそんな習慣をなくすことから始めなければなりません。
 
 とりあえずペンケースの中を見てください。

 必要以上にペンや消しゴムなどが入っていませんか。
 中があまりに汚くなっていませんか。
 そうなっていたなら、要注意です。

 確実に勉強する環境から遠のいています。
 
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ポケモンGO

2016/07/25 23:26
 昨日、7/24(日)にポケモンGO関連で小金井公園へ行ってきました。

 午前中の1時間30分位、公園の中を散策しました。
 昔はよく行っていた小金井公園ですが、フリーマーケットを開催するようになってから、だんだんと足が遠ざかっていました。

 今回、久しぶりに行ったということになります。
 しかも、いつもだったら自転車で公園内を移動ということになるのに、徒歩で公園内を歩き回ることになりました。

 公園の東口に自転車を置いて、歩いて東の端から西の端まで行って、また戻ってくる。
 これは、初めての経験です。

 何度も自転車ではしていることですが、端から端までを歩いてということは初めてです。
 東の端から西の端まで、約2km位か。
 それを往復する。

 運動不足の体には良いのか、はたまた悪いのか。
 とにかく、いつの間にか歩いていた。
 という結果に。

 それも、ポケモンゲットのため。
 付き添いだけど。

 小金井公園はレアポケモンの「ベロリンガ」がいるらしい。
 歩いていると、確かに「ベロリンガ」が出てくる出てくる。

 そんなこんなでいつの間にか公園の端から端までお散歩。
 ということになりました。


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ルノワール展(国立新美術館)(1)

2016/07/13 09:28
国立新美術館の「ルノワール展」に7/10(日)に行ってきました。

 5月の連休に行った上野の「若冲展」のような混雑さはないと思っていましたが、ルノワールは日本人には人気があるので、ある程度の混雑は覚悟して行きました。

 以前いつかは忘れてしまったけれど、行った「ルノワール展」は結構混んでいた記憶がある。
 
 今回はルノワールの最高傑作とされる「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会」が日本で初展示というので、余計混雑を予想していた。

 それが予想に反して(良い意味で)、それほどの混雑状況ではなかった。
 だから、ルノワールの作品を堪能できて幸福な時間を過ごすことができた。
 
 美術館の展示は大きく「人物」「風景」「生活」のように区分けされている。
 
 やっぱり、「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会」は、凄かった。
 
 作品の前には人がいっぱいいたけれども、後ろの方で立ち止まって見ていると、前の人達がいなくなって、人の頭が邪魔にならずにしっかり見ることができた。
 
 見ていると作品の中の楽しさが飛び出して、自分もなんだか心が踊ってくるようで、見ることができてうれしい、と感じてしまう。
 こんな気持ちになれる時は心も洗われる時だ。

 ただ、木に寄りかかる男性と木の間から見られる女性の顔の大きさが不釣り合いのように見えて気になってしまった。

 「ぶらんこ」は自分の中では作品がもっと大きくて「田舎のダンス」くらいの大きさを想像していた。
 でも「田舎のダンス」ほどの大きさではなかった。
 
 別に小さいわけではなく、十分大きいのだけれども、自分の想像の大きさではなかったということだ。
 このことは、「ぶらんこ」という作品が自分の中で大きく広がっていたことになる。
 
 木漏れ日がまぶしい。
 あくまでも木漏れ日がまぶしい。
 直射日光がギラギラと輝いているのわけではない。
 
 だから、ブランコの上の女性ははにかんだ輝きがある。
 何となくほほえましくなる作品。
 見ていて気持ちがよくなる。


 国立新美術館へ
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 チケット
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 パンフレット
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 ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会
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 ぶらんこ
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中1生の苦手意識はまだ早い(2)

2016/07/08 12:43
 中学1年生の今の時期に学習する文字式の計算は数学の土台になります。

 では、難しいと思うかもしれませんが、そうではありません。
 決まりがスッと体に入る人とそうでない人で違いが出てしまうだけです。

 この決まりが体にスッと入らなかった人が数学は苦手だ、という意識に近づいてしまいます。
 そして、その意識が中学3年生まで続いてしまうのです。

 中学1年生の今の時期にもう数学が苦手だという意識を持ってしまう人には間違えてしまう一つのパターンがあります。
 このパターンをなくすことが苦手だという意識をなくすことに通じます。

 数学の正・負の数の基本計算において、
@ 5−3=2 A 3−5=−2 B −3−5=−8 C ー3+5=2
 が基本計算ですが、この中で間違えることが多いのがBCです。

 ですから、BCのような計算が間違えていないかをまずチェックしてみると、数学に対する理解度が分かります。

 間違えるパターンは決まっています。
B −3−5=−(5−3)=−2 C ー3+5=−(3+5)=−8
のようにだいたい間違えます。

 このような、こちらの思う通りの間違いが見られる場合は、BCのような計算を繰り返し行い、正しい計算の決まりを体に浸み込ませればよいのです。

 計算自体は簡単な計算ですので、繰り返しも苦にならず、繰り返すことで正しい決まりを体に浸み込ませることができます。

 このような間違いがなくなっても、まだ安心ができません。
 BCのような計算にX などの文字が入った式の計算になると、今までできたBCの計算ができなくなってしまうことがよくあります。

 ですから、今度はそこを注意深く見ます。
 X などの文字が入っただけなのに、BCの計算が間違えるようになってしまうのです。

 特に多く見られるようになるのが、Cの計算の場合です。
D 2x + 4x ー3+5= 6x ー8 というように間違えてしまいます。

 Cのような計算ができるようになったと安心しているとDのような間違いをしてしまったりします。
 逆に言うとそのようなこちらの思い通りの間違いをしてる場合は、早くなおすことができます。

 そして、中学1年生の今の時期はそのようなお決まりの間違いのパターンがまだ数多くありません。
 そのため、早く間違いのパターンをなくすことができます。

 前述のように計算自体は簡単な計算になりますので、繰り返して体に覚えさせるのにも、それほどの苦痛はありません。
 そこで、間違いがなくなるまで繰り返しができます。

 つまり、結構簡単に間違いのパターンをなくすことができるということです。

 中学1年生が今の時期に苦手意識を持つのはまだ早いのです。

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中1生の苦手意識はまだ早い(1)

2016/07/07 00:08
 中学1年生は4月からまだ3か月が過ぎただけです。

 ですが、もう苦手意識を持ってしまっていて、できないと思ってしまっている人がいます。

 小学生の時からの延長だからしょうがない。
 小学生の時にもう苦手だったのだからしょうがない。
 なんていう声も聞かれます。

 英語などはまだ、学習したばかりです。
 でも、もう英語は苦手と言って、勉強する気が起きないようです。

 小学生の時に学習していて、その時にもう苦手だと思ったからと言うのです。
 英語を得意にしようと思って始めた小学生からの英語学習が完全に裏目に出た状態です。
 中学生の英語の勉強のスタートラインに立った時にもう走る気がしていない状態です。

 まだまだ、気分新たに英語の勉強ができるはずです。
 初心に帰って、まず単語を覚えることから始めてもらいたいと思います。


 数学なども初めから自分は苦手だと思ってしまっている人がいます。

 小学生の時に算数が苦手だったから、当然数学も苦手だ。
 このように思うのは当然です。

 でも中学生の数学の計算は小学生の時のようなめんどくさい計算は多くありません。
 ですから、小学生の時のように、計算力がそのまま算数の出来不出来に関係することはありません。

 中学の数学では小数の計算はほとんど行いません。
 2桁でわったり、かけたりするような計算も少ないです。
 ほとんどが整数の簡単な加減乗除です。

 しかも、中学1年生の7月学習の「式の計算」では、3+8くらいの計算になります。
 ですから、本当は小学生の時に算数が苦手であっても、中学1年生の今の時期なら得意になるとは言いませんが、苦手意識はなくすことができるはずです。

 でも、そうならないのは苦手意識を持ってしまう間違えるパターンがあるからです。
 それは
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TBSラジオ・ポッドキャスト

2016/07/06 00:20
 TBSラジオのポッドキャスト配信が6/30(木)で終了した。

 今まで毎日、このポッドキャストをipodに入れて、掃除、ランニング、外出時、車中などで聴いていた。
 多くの情報をこのポッドキャストで得ていた。
 それがなくなってしまう。
 
 配信終了の知らせがされる前に、ポッドキャストの始まり部分にCMが流される時期があった。
 その時はCMが邪魔だ。
 と強く思った。

 2分のポッドキャストにCMが始まりに30秒位入る。
 これはつらい。
 CMが入るごとに舌打ちしたい気持ちになる。

 でも、ポッドキャストがipodで聴けなくなった今ではCMが入っていてもいいから、配信を続けて欲しかった、とつくづく思う。

 CMに対する考え方が変わった。

 この前、映画館に行ったら、映画が始まる前のCMがいつもより多かった。
 以前だったら、今回はCMがいつもより多すぎると不満タラタラだっただろう。

 それが、今回はポッドキャスト配信終了の件があるので、CMに好意的になっている自分がいた。
 
 CMがたくさんでも良い。
 そのおかげで、この映画館の経営が安定するなら。
 この映画館がつぶれてしまうというようなことにならないのなら。

 そんな気持ちでCMを見た。
 CMにやさしい気持ちになった。

 
 
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アメリカ旅行38日グランドキャニオンC1

2014/04/25 15:13
 11/19(木) グランドキャニオンG

 目覚まし時計は 6:45 にセットされていたが、体が足が痛くて起きられない。
 結局、目が覚めたのは8:00 になる。

 8:30 今日ももう一晩延長して宿泊することにした。
 宿泊延長の手続きをする。

 8:35 ロッジ出発。
 ビジターセンターまで5マイルという立札を見つける。

 8:55 そのまま遊歩道を歩いて行く。
 Yavapai Museum。

 9:10 マザーポイント。
 9:30 ここからは遊歩道がなくなる。

 道になっている所を歩いて行く。
 マザーポイントから30分位歩く。

 歩く道がなくなって、車道に出る。
 車道に沿って歩いく。

 10:20 Kaibab Trail 入り口に着く。
 10:25 下におりて行く。

 11:10 CEADAR RIDGE に着く。
 ここには一応トイレがあるので、入る。

 前の景色の良い所に座って、景色をゆっくりと眺める。
 11:45 CEADAR RIDGE を出発する。

グランドキャニオンを歩く
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アメリカ旅行37日グランドキャニオンB2

2014/04/17 15:18
 11/18(水) グランドキャニオンF

 16:15 KAIBAB TRAIL を登頂。

 上でみかんを食べて、水を飲んだ。
 風が強くて冷たい。
 

 体がすごく冷えてしまった。
 ちょっと寒い。
 

 最後の登りで、すごく汗をかいてしまった。
 その汗がひかないまま風に当たってしまった。

 
 
 ここからマザー・ポイントまでがまた長い。
 疲れたなんて言っていられない。

 17:10 マザー・ポイントへ到着。
 18:00 ジェネラル・ストアに着く。

 18:30 ブライト・エンジェル・ロッジにやっと到着。

 部屋に入って、シャワーを浴びる。
 飲み物を飲んだら、疲れが出てきて動けないくらいだ。
 

 20時頃から23時頃まで眠ってしまう。

 グランドキャニオンを歩く
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